空のギター
 漸く眠気から脱した頭は、相変わらず中で何かが暴れているようにズキズキしている。だが、仕事場に向かわなくてはならない。これは病気でも何でもないのだ。“弱い自分”を捨てきれていないというサインなのだから。

 溜め息をつきそうになった時、玄関のドアからコツコツと音がした。今日も迎えに来てくれたのか。そう思った雪那は急いで着替えをし、彼を出迎えに玄関へ向かった。



「頼星、おはよ。」

「おう……大丈夫か?何か疲れた顔してるぞ。」

「ううん、大丈夫!いつも通り元気だよ!!」

「なら良いけど……今日、“あの日”だろ?だから眠れたかどうか心配で……」



 音楽のボリュームを下げるように、語尾が儚げに消える。その言葉から、雪那は頼星の優しさを読み取った。

 彼はあの日をちゃんと覚えているのだ。覇気がなくなってしまっていた雪那を誰よりも心配してくれていたのは、両親でも先生でも仲良しの女友達でもない。きっと、幼馴染み八年目を迎えた彼だったのだから。

 妙に照れ臭くなって距離を置き、二人は暫し言葉を溜める。その距離を詰めようと話の口火を切ったのは、ブラウンの髪をした“少女”だった。
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