空のギター
“あの日”の光景は、雪那の脳裏から決して薄れてはいない。目を閉じてしまえば、今でも鮮明に思い出せるだろう。暑い暑い7月の終わり。雪那と沙雪は、人と車の行き来が激しい交差点近くの通りで路上ライブを行っていた。
「──お姉ちゃん早くー!」
「はいはい……雪那は本当にせっかちねぇ?」
「お姉ちゃんが遅すぎなんだってば!ほんとマイペースだよね……」
二人が路上ライブをする場所は、決まってある交差点の近くの通りだった。雪那は何度も、もっと落ち着いた場所でやろうと提案したのだ。だが沙雪は、「こんな忙しい通りだからこそ、立ち止まって聴いて欲しいのよ」と言って、決して場所を変えなかった。
当時は理解出来なかった沙雪の思考も、今なら分かる。郊外と言えども都会──そんなこの場所の“速さ”に埋もれてしまわないように、自分達をわざと人混みの中に位置付けたのだ。
ここで誰かが立ち止まらなければ、デビューには何年経ってもこぎつけられない。沙雪はそのことをしっかりと分かっていたのだ。ただ歌うのが好きだという自分とは違って。
──悔しい。何故その時に気付けなかったのだろう。雪那は奥歯をギリリと鳴らした。
「──お姉ちゃん早くー!」
「はいはい……雪那は本当にせっかちねぇ?」
「お姉ちゃんが遅すぎなんだってば!ほんとマイペースだよね……」
二人が路上ライブをする場所は、決まってある交差点の近くの通りだった。雪那は何度も、もっと落ち着いた場所でやろうと提案したのだ。だが沙雪は、「こんな忙しい通りだからこそ、立ち止まって聴いて欲しいのよ」と言って、決して場所を変えなかった。
当時は理解出来なかった沙雪の思考も、今なら分かる。郊外と言えども都会──そんなこの場所の“速さ”に埋もれてしまわないように、自分達をわざと人混みの中に位置付けたのだ。
ここで誰かが立ち止まらなければ、デビューには何年経ってもこぎつけられない。沙雪はそのことをしっかりと分かっていたのだ。ただ歌うのが好きだという自分とは違って。
──悔しい。何故その時に気付けなかったのだろう。雪那は奥歯をギリリと鳴らした。