空のギター
 体が万全でないにも関わらず、遥介は瞳と生まれてくる子供のために頑張った。夏の炎天下でも真冬の寒さの中でも、彼は懸命に働いたのだという。

 何度も、病院に行った方が良いと伝えた。だが遥介はその度に、「俺より自分の体を心配しろ」と言った。季節を重ねるごとに大きくなっていく、新しい命を宿した彼女のお腹を優しく撫でながら。



「遥介は本当に頑張り屋で、高校時代と全然変わらなかった。でも、それがいけなかったのね……」



 その年の7月──遥介は帰らぬ人となった。原因は“過労死”だったそうだ。「遥介らしい死に方だな。瞳ちゃんはあいつに思われて幸せだよ」と言ってくれた友人も居た。だが一方で、近所や彼の会社の人達には「あの嫁は何やってんだ!!」と散々怒鳴られたようだ。

 彼女は言った。酷く情けなかった。どうしてもっと早く気付かなかったんだろう、と自責した。“この子”が生まれる丁度一週間前だった、と。



「遥介が居なくなって、私には生きる意味がなくなったの。どうせなら橋の上からでも身投げして死んでやろうって、そう思ってた。
私の両親は早くに亡くなっていてね。かばってくれる身内も居なかったのよ……」
< 165 / 368 >

この作品をシェア

pagetop