空のギター
「びっくりしたぁ……ね、お姉ちゃ……」



 隣にあるべき姿がない。何故だ。そう思った雪那は、おもむろに前へ目を向ける。倒れたバイクの側にへたり込んでガタガタと震えている、ヘルメットを被った男性。目の前に広がる赤い水溜まりの中心には、赤黒い物体が横たわっていた。

 ──錯乱状態から漸く脱出した雪那は、いつの間にか病院の廊下にある長椅子に座っていた。両側には両親。自分の手は、右側に座る母親によってギュッと握り締められていた。

 程なく手術室のドアが開き、切羽詰まった顔をした医師達が何人も出てきた。その中の一人が雪那達に向かって叫ぶ。



「沙雪ちゃんが危険な状態です!すぐに来て下さい!!」



 手術室へ駆け込む三人。が、中まで入ることは許されず、ガラス越しに沙雪へ向かって叫んだ。



「沙雪頑張れ!!」

「沙雪!」

「お姉ちゃん……!」



 苦しそうに閉じられていた瞳が、長い時間をかけてゆるりと開く。沙雪の口を覆う透明な器具からは、不安定な呼吸音がしている。

 虚ろな視線がゆらゆらと彷徨って、顔ごとこちらを向く。すると、その場に居た医師達の中の一人が三人の入室を許可した。
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