空のギター
 三人が手術台(ベッド)に近付くと、沙雪は何か言いたげに、微かだが口をを動かした。医者達は気の毒そうに歪めた顔を見合わせていたが、やがて彼女の口を覆う物をそっと取り去った。

 弱々しい息吹。儚いその命が、ゆっくりと遺言(ことば)を紡いだ。



「──お父さん、お母さん、雪那……私、何だか凄く疲れちゃった……凄く眠いの……多分もう、みんなと一緒に居られないね……」



 微苦笑する沙雪の言葉に、うっ、と涙声を洩らしたのは母親だった。父親は懸命に涙を堪えており、雪那は呆然と姉を見つめている。沙雪の口が再び動き始めた。絶望に打ちのめされながら、三人は彼女の遺言(ことば)に耳を傾ける。



「お父さん、雪那とお母さんのこと、よろしくね……お母さん、デザインしてくれるって言ってたウェディングドレス、着れそうにないや……ごめんね……」



 おぼろげな瞳が、最期に雪那をまっすぐ捉える。



「雪那、ごめん……お姉ちゃん、あんたとの夢、叶えられそうにないわ……だから、これだけは、忘れないで?雪那にチャンスが来た時は、絶対逃しちゃダメだよ……」



 ──命の終わりを告げる音が、静寂な室内に響き渡った。
< 171 / 368 >

この作品をシェア

pagetop