空のギター
「社長、俺っ……私、辞めなくても良いんですか?」



 今の柔らかい声では、“俺”という一人称は雪那に少し不似合いだった。いつもの低めのアルトの時は似合っているだけに、同じ顔でも声だけで随分と印象が変わるものだな、と室内に居る誰もが思っていたことだろう。

 正直に理由を話した雪那を見て、高藤はフッと笑う。まるで“当たり前だろう”と言っているかのようだった。



「お前達はS.S.Gに必要だ。他の事務所にやるつもりはないよ。こんなこと、最初で最後だな!」



 またもやガハハと笑う高藤の声を聞き、頼星達と硝子が嬉しそうな笑みをこぼす。まだたった四ヶ月程しか、Quintetは歴史を作っていないのだ。ここで終わらなくて本当に良かったと、彼らは思っていることだろう。

 高藤の言葉の意味が、雪那の心に漸く染み込んでくる。“辞めなくても良い”と、言ってくれているのだ。込み上げてきた感情が、頬を伝って流れ落ちた。



「……ありがとうございます!!」



 頬こそ涙で濡れているものの、その表情はとても嬉しそうだ。頼星が安堵の微笑を浮かべ、みんなも笑みをこぼす。真夏の室内は、春のように和やかだった。
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