空のギター
「光夜……君?」



 鼓膜を優しくなぞるその声が妙に心地良い。高めのアルトは光夜の記憶上は初めて聞く筈なのに、彼の“無意識”の部分が覚えていたのかもしれない。ごく自然に、光夜の口をついて言葉が出てきた。



「おかあ、さん?」

「お母さんって、呼んでくれるの?私達はあなたを手放したのに……」



 涙声が鼓膜を揺らす。光夜はそれを聞いた瞬間、これまで少しでも抱いていた醜い感情が、音もなくゆらりと消えていくのを感じた。



「……もう怒ってないし、悲しくないよ。昔は多分、凄く恨んでた。先生達が二人から聞いたっていう『迎えにくる』って言葉を信じてたからね。
結局来なかったじゃんって思うと、信じてた自分が情けなくて……でも、今なら分かるんだ。二人には、俺を育てられなくなるだけの理由があったんだよね?それが少しでも解決したから、今こうやって電話くれてるんだよね……?」



 光夜の言葉を聞き、母親がワッと声を上げた。受話器越しに、硝子や他の誰かが彼女を慰める微かな声がする。体の奥から目頭へと駆け昇ってくるものに耐えながら、光夜は実の母の言葉を待つ。もう“恨み”なんて感情は何処にもなかった。
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