ありがとうを君に

「あっ、なっちゃん!」
工房の方から出てきたちえみおばさんが、私をみて嬉しそうに右手を上げ、ぶんぶん振っている。
私も笑顔で手を振り返した。
「ごめんね、日曜なんか高校の友達と遊びたいよね、あたしらの事情で毎週のようにこき使っちゃって…」
「ううん、大丈夫!おばさんいつもおいしいパンくれるし、ここには何の用事がなくても来たくなっちゃう」
ならいいけど、とちえみおばさんはほっとしたように笑った。私はちえみおばさんの笑顔が好き。だから、どんな時でも、ちえみおばさんに悲しい顔はさせたくない、と私はいつも思う。
で?と、少しだけ顔をひきしめ、ちえみおばさんが問う。
うん、と私が苦笑する。
まぁ、おいでよ。ちえみおばさんが指したのは、奥の事務室。パソコンや椅子などが転々と置かれたシンプルな部屋だ。
私たちは向かい合って座り、三十分ほど話したあと、おばさんが焼き立てのパンを持ってきて、ふたりで食べながら、また三十分近く、話し込んだ。
お昼近くなり、私はドドールを出た。
日が照っている。二月なのに、あったかいなぁ。ひとりそう言って私は長袖の腕をまくる。
のんびりした下り坂を自転車でかけおりながら、ドドールの藤堂くんのことを考えた。今日もまた、話しかけられなかった…。
チャンスはあったはず。そもそも、藤堂くんのレジに列べば、必ず一言は会話できるし、お釣りの受け渡しなどで手に触れちゃったりもできちゃったりするのだ。
なのに、また、また、行けなかった。
次こそは、そう思いながら、私はペダルをぐぅっと踏み込んだ。
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