断片の王
「不安と言う訳ではない、王からの直接の任など、断れるはずもない、望むべくもない。だが……畏れ多くもやはり、耳を疑いはするのだ」

これは本当に王の命令なのか?と、目を伏せて言った。
先ほど私を捉えたヴォルテールの目はどこか訝しげで、裏を伺っている風だ。

「それの真偽はともかくとして、王が貴方に下した任であるのは確かです」

「そうであれば、詮無き事。だが、しかし……」

幾度も嘲笑されてきた彼であるが、だがしかし一番に彼を嘲笑いたいであろう者は、他でもなくヴォルテール自身だと言う事に、疑問の余地はない。
それは、そうであるのだ。
任されたのは討伐であるが、その対象が特殊と言う言葉をあてがうには余りにも異質。

「ドラゴン、とは……」

国内はおろか、その外にまで名を馳せる我が王の勇名ですらも、その前には霞む。
その余りある強大な存在は目撃の例すらも稀で、今や半ば御伽とさえされていた。
ひとたび出会い、更にはその怒りを買いでもすれば、たちまち竜の呪いとその力で魂までもを滅ぼし尽くすと言う。
その存在は、平穏に沈み切った人々の恐怖の象徴であると共に憧れでもあった。

どちらにせよ、だ。
実在すれば、ヴォルテールは死地に赴く事を命じられたに等しい。
実在しなければ、王の酔狂に奔走した哀れな駒である。

「それに、その任にあたるのが私と、貴公の様な……」

そこで言葉を止めはしたが、言葉が続かなかったのみに留まって完結した。
私の顔を見、その視線をその身体へと滑らせる。
不信感と猜疑心が混ざった視線が、こそばゆい。

私が女で、かつ少女の面立ちであるのが気に入らないのだろう。
いや、気に入らないと言うよりは不安を感じているのだ。
何故この様な少女が、とか、何の意味があって寄越したのか、とか、戦力としての人員なのか、とか、いざとなればドラゴンを相手にこの少女を守らねばならないのか、とか。
にこり、と、薄い笑顔を返した。

「まぁ問題ありませんよ。どれも王の采配です。近くきっと、理解できます。私が必要だったということが。ほら、もうすぐ」

一方的に浴びせかけられる暗い感情は、真実を知る者として重くはなかったが些か気の毒でもある。
その彼の不安を拭い去る事はできずとも、言う通りに謎はすぐに解けるだろう。
辿り着いた目的地は、城下から遠く離れた先の、小さな森だった。
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