腹黒王子の取扱説明書
「…それは勘弁して欲しい。もう、別の話にしない? 食欲なくなる」

私は顔をしかめながらフォークに巻きつけたパスタを口に運ぶのを止めて、皿にフォークを戻した。

私には今は会社を辞められない切実な事情がある。

嫌な仕事を押しつけられても、断るわけにはいかないのだ。

「そう言えば、お兄さん…専務、戻ってきたでしょう? 上手くいってるの?」

杏子のお兄さんの名前は長谷部俊。この四月、ニューヨーク支社からうちの会社の専務として戻ってきた。

専務は、杏子がいる秘書課と同じ二十五階のフロアにある役員室にいる。

杏子の腹違いの兄で、私は遠目でしか見たことがないけど、家系なのか背も百八十くらいあって高くて、目元も杏子と似ている。顔は正統派のイケメンで、性格も穏やかで優しいらしい。

仕事もかなり出来る。彼がニューヨーク支社に異動して三年の間に北米の販路が二倍に拡大した。

彼が日本に戻って来てからまだ一ヶ月も経ってないのに、社内の女の子の多くが彼をものにしようと躍起になっている。

総務課の後輩も、専務を一目見るだけで目がハートになる。
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