記憶堂書店
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夏代が記憶堂にやってきたのはそれから五日後のことだった。
記憶の本が現れると、大抵の人は一日、二日でやってくるが、夏代はなかなか現れず、龍臣も少しばかり心配になっていた。
だから、夏代が訪ねて来た時は妙にほっとしたのだ。
ゆっくりと扉を開け、可愛らしくひょっこりと顔を覗かせて入ってきた。
「こんにちは、龍臣君」
「こんにちは、夏代さん。今日はどうされました?」
どうされました、なんて医者の台詞のようだが夏代が一人で記憶堂にやってきたのは、龍臣が知る限り初めてのことであり、珍しいことなのだ。
龍臣には理由がわかっていたが、そこはあえて聞いてみる。
「良かったら奥のソファーへどうぞ。何かお探しですか?」
「えぇ、まぁ……」
ソファーに案内されて座りながら、夏代は言いにくそうに口ごもる。
龍臣が出したお茶を一口飲んで、顔を上げた。
「あのね、本を……、本を探しているの」
「どういった本ですか?」
龍臣は向かいの椅子に座ってそう聞き返した。
たぶん、夏代は記憶の本について知らない。源助さんからも聞いていないのだろう。
不安げに目をキョロキョロとさせている。
「本……、その何て言ったらいいかしら。変な言い方になるのだけれど、私のことが書いてある本というか……」
どこか恥ずかしそうにしながらも、そう呟く。
「私のことが書いてある本なんておかしな話だけれど、ここにあるような気がするの。龍臣君、なにかわからないかしら?」
困惑した様子を見せながらも、じっと龍臣を見てくる。
それに龍臣は頷いた。
「夏代さんの探している本はこれのことでしょうか?」
椅子から立ち上がり、カウンターから記憶の本を取り出す。
夏代に見せたとたんに、夏代の顔が輝いた。
「そうよ、これ。きっとこれよ」
「夏代さん、これはあなたの記憶の本です。あなたの本ですが、しかしこれは売ることは出来ません」
「ダメなの? なぜ?」
夏代は驚いたように目を丸くした。
「これは外に持ち出せないのです。でもここで見ることは出来ますよ」
「そんな……」
夏代は俯いた。
ひとりでゆっくりと読みたかったという様子で、不満そうだ。
龍臣はそっと本を差し出した。
「ご覧になりますか?」
「……そうね。ここで読むわ」
夏代は頷いて、ゆっくりと本をめくった。
「いってらっしゃい。ゆっくりと見てくるといい」
龍臣はそう声をかけた。