記憶堂書店
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夏代が目を開けると、そこは家のリビングだった。
今とあまり変わりない。キッチンに続いておりサイドテーブルと、こたつ。違うのは年代を感じさせる電話と多少のインテリア程度。
それでもここが昔だとわかる。
夏代は周りを見渡して、電話の横にかけてあるカレンダーを見つけた。
その日付は今から10年前の冬だった。
「本当に10年前なの……?」
夏代は近くに立っていた龍臣を見あげて恐る恐る聞いてきた。
「はい。ここは夏代さんがずっと心に強く後悔していた日です。ここで見ることのできる場面は、夏代さんが選ばなかったもう一つの道です。ただ、ここは記憶の中なので、見ることしかできません。もう一つの選択肢に干渉することは出来ませんし、見たところで夏代さんの今までの過去が変わることはありません」
「見るだけなのね?」
「はい。ただ見ることしかできません。場合によっては深く傷ついてしまうかもしれません」
そう気づかわし気に伝えると、夏代は考えるように黙りこくってしまった。
これから起こることは自分がこうだったら良かったのにと思い描くことが起こるとは限らない。その気持ちとは反対に、悪いことが起きてしまう可能性だってあるのだ。
しかしここは夏代の記憶の中だ。龍臣にはなにも言えない。
夏代はしばらく考えて、首を傾げた。
「じゃぁ、戻った後に修復させようとするのは?」
つまり、元の世界に戻ってから少しでも選ばなかった選択肢の内容に近づけようとすることは可能かということだろう。
しかしそれは――――。
「出来ない……と思います」
「どうして? だめだったの?」
「だめというか……。もしかしたら夏代さん自身がこのことを覚えていない可能性が高いです」
そう伝えると「え……」と固まってしまった。
「覚えていない? 忘れてしまうの?」
「記憶の中で見たことを、戻ってからも覚えている人は極まれです」
「そうなのね……」
残念そうに呟いた。
そして小さく頷いてから、「わかったわ」と顔を上げた。