記憶堂書店
カレンダーを見つめながら、小さな声で話し出した。
「私ね、自分では後悔なんていているつもりはなかったのよ。でもきっと心の奥底では毎日辛く、後悔していたのかもしれないわ」
ぽつりぽつりと話しながら、電話を見つめた。
すると、プルルルル――……と突然電話が鳴り響いた。
夏代は少し後ろに下がってそれを見守っている。
すると玄関が開き、人が入ってきた。
「あら、電話だわ」
慌てた様子で入ってリビングへやってきたのは10年前の夏代だった。
今よりも少し若く、髪も黒い。少しふっくらとしていただろうか。
夏代は買い物へ行っていたのだろう、足元にスーパーの袋を置いて受話器をとった。
「はい、もしもし?」
夏代は電話に出る。
しかしすぐに怪訝な表情になった。
「もしもし? どちらさまですか?」
何度かそう声をかけるが相手からの返答がないのだろうか。
不思議そうに一度受話器を見つめて首を傾げた。
「もう切りますよ」
そう告げたときだった。
『お母さん……?』
聞き取れるか否かくらいの小さな声が聞こえた。
夏代はハッとした顔をしてから、慌てて縋りつくように受話器を耳に押し当てた。
「花江? 花江なの!?」
『お母さん……』
小さくて今にも消えてしまいそうな声だが、それは紛れもなく花江の声だった。
夏代は驚きと嬉しさと、様々な感情が押し寄せて言葉に詰まる。しかしそれも一瞬で、すぐに娘に問いかけた。
「あぁ、花江なのね……。あなた今どこいるの? 元気にしているの? ご飯は食べられているの?」
聞きたいことは山ほどあった。しかし出てくるのは娘の安否を気遣う言葉しか出てこない。
『心配かけてごめんなさい……。居場所は言えないけれど、無事に生活しています』
「本当に? 一度くらい帰ってこれないの?」
『帰ることは出来ないけど……。お父さんもお母さんも元気?』
そう聞かれて、夏代は涙を堪えながら頷くがすぐに声に出して「元気よ」と答えた。
「修也ももう7歳になって小学生なの。元気に過ごしているわ」
そう伝えると、電話越しでもわかるくらい花江がホッとしているのがわかる。