記憶堂書店

『そうね、もうそんなになるのね。私が出て、六年だものね。もう小学生か……。やんちゃな男の子になっているのかな』

修也の姿を思い浮かべているのだろうか、どこか嬉しそうにしている。

「元気な男の子よ。運動が好きで、勉強はまぁまぁかしら。友達もたくさん出来て、よく遊んでいるわ」
『良かった……』
「でも、彼は助からなかったの……」

夏代が言う彼が誰なのかわかったのだろう。花江は息を飲んで言葉を詰まらせた。

『そう……。私と別れた時にはもうほとんど手遅れだったから、そうかなとは思っていたの』

そう言いながらも電話越しの声は微かに震えていた。
そして、深呼吸する音が聞こえる。

『あのね、お母さん。修也のこと宜しくお願いします』
「花江……。もう戻ってこないつもりなの?」
『たぶん、もう二度と……』

そこまで言って言葉を詰まらせた。空気が震えている。きっと泣いているのだろう。
夏代も涙を流して口元を抑えた。

「何か力になれることはないの?」
『ごめんなさい。お母さん達を巻き込むわけにはいかないから』
「巻き込むって何を?」

そう聞くが花江はもちろん答えない。

『今までありがとう。お母さんとお父さんの子供に生まれて幸せだった。彼と結婚して修也を生んで幸せだった』

花江は嗚咽をしながら何度も「ありがとう」と話し、電話を切った。

「花江!? 花江!」

夏代は何度も問いかけるが、もう電話は切れており返答はない。
力が抜けたように、その場に座り込む。
すると玄関が開いて「ただいまー」と幼い声がした。
リビングに現れたのはランドセルを背負った修也だった。

「おばあちゃん? どうしたの、大丈夫?」

しゃがみ込んでいる夏代に駆け寄る。その手にはしおりのようなものが握られていた。

「どうしたの、それ……」

修也の手の中の物を指差すと、見せてくれた。
カーネーションがドライフラワーとなってしおりに貼りつけてある。

「これ? 帰り道に女の人にもらったんだ」
「女の人……?」

夏代はハッとした。
もしかしてこれは花江が渡したのではないかと。

「いらないって言ったんだけど、無理やり渡してきたから」

と修也は困惑気味だった。



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