記憶堂書店

「どこでもらったの?」
「え、そこの道を曲がったタバコ屋さんの側」

と修也が言い切る前に玄関まで飛び出していった。
しかし。

「おばあちゃん?」

修也の声でハッと我に返る。
頭の中ではきっと修也にしおりを渡したのは花江だろうと確信している。きっとタバコ屋の横の公衆電話から連絡してきたのかもしれなかった。
今から行けば間に合うかもしれない。

それなのに。

理性のどこかでは、行ってはいけないと思っていた。花江は相当な覚悟と思いで電話してきたのだろう。それにもし夏代が行って逆に花江が不利な立場になったら?
今はまだ花江の居場所は興信所が探しているが、先日の報告ではあまり調査が進んでいないという風なことを夫から聞いた。もしかしたら暴力団が関わっていて、圧力がかかっている可能性が高いとも。
あまり深く探ったりして、花江に何かあったらどうしようと話していたところだった。
しかし、もしその報告が本当だったなら?
もし今、夏代と花江が接触をしたことを知られて花江や修也にまで危険がせまったら?
夏代の脳裏には様々な最悪の可能性が過った。
それでも、それでも。
もう一度だけでも、一目だけでも娘に会いたい。

「おばあちゃん?」

そう言ってスカートの裾を摘まんで見上げてくる修也と目が合った。
花江はハッとする。

あぁ、まずはこの子を守らなくては。
この子だけでも安全に、大切に育てなければ。
花江は何のために……。

夏代は膝をついてしゃがみ、修也を強く抱きしめた。

「痛いよ、おばあちゃん」
「修ちゃん、そのしおりは大切にしようね」
「おばあちゃん? 泣いているの?」

修也は不安げに祖母の背中を慰めるように何度も撫でた。

そして、そこで記憶の世界がストップする。




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