記憶堂書店

少しだけ痩せたようにみえる花江は、それでも昔のまま綺麗な顔立ちをしていた。
服もちゃんとしたワンピースとコートを着ている。
夏代はその一つ一つを確かめるように、花江に触れた。

「あぁ、夢じゃないのね。本当に花江なのね」
「ごめんなさい、お母さん」
「いいのよ、元気にしていた? ご飯は食べてる?」
「大丈夫。お母さん、会えて良かった」

花江も涙を溢しながら呟く。
そして、遠くで立ち尽くす修也をみた。

「大きくなったね。育ててくれてありがとう」
「いいのよ、そんなこと。それよりあなた、今どこにいるの?」
「それは言えない。きっとお母さん達のことだから、色々と調べているんでしょ?」

そう言われて小さく頷いた。

「そう。でもだからこそ、もう会えないわ」
「どうして?」
「お母さん達に迷惑はかけられない。でもね、もうすぐ……、いつかきっとまた会える日が来るから。そしたらまた会いに来るから……。お願いだからそれまでは何もしないで静かに暮らしてて?」

花江は微笑みながらそう告げた。
夏代は小さな声で何度も「でも、でも」と呟いている。

「何年かかるかわからないけど、絶対にまた会いに来るから。約束するわ」

幼い頃から見慣れた、花江の決心した譲らない表情だった。
夏江は何も言えず、ただ頷くばかり。

「ごめんなさい、お母さん。私もう行かなきゃ。時間ないの」
「修也と話さなくていいの?」

花江と夏代から、後ろの修也までは少し距離があり会話は聞こえていないようだった。ただ、何か不穏なことが起きていると思っているようで、修也は自分の服を握りしめて不安げに涙をためている。
そんな修也に軽く微笑みかけた。

「側に行ったら抱きしめて離せなくなっちゃうから。それいにさっき少し話せたし」
「やっぱりあの栞は花江がくれたのね」

それに笑顔で頷くと花江は立ち上がった。

「じゃぁ、タクシー待たせているから行くね」
「元気で、元気でね。いつでも連絡していいから。待っているからね」

腕を掴んで名残惜しそうに、離れようとしない花江の手をそっと押し戻して花江は微笑んだ。
そして「じゃぁ」と小さな声で呟くと足早に立ち去って行った。
角を曲がり、花江の姿が見えなくなると修也は弾かれたように夏代の元へ駆け寄った。

「おばあちゃん!」
「修ちゃん、大丈夫よ。大丈夫」

必死に抱き付いてくる修也を抱きしめ返して、優しく声をかける。

「あの人だぁれ? おばあちゃんの知り合い?」
「そう……。大切なね。だから修也、その栞は決して捨てたりしては駄目よ? 一生大切に持っていなさい」

祖母の穏やかな、でもきっぱりとした言い方に修也は小さく頷いた。
















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