記憶堂書店


――――

記憶の世界から戻ると、やはり夏代は記憶の世界で見たことを忘れていた。

「どうしてここにいるのかしら?」

開口一番にそう言って、困惑したように周りを見渡す。
龍臣はやはりと言う気持ちで、夏代に言った。

「修也について話していたら眠ってしまったんですよ」

そう穏やかに伝えると、夏代は恥ずかしそうに「まぁ」と笑った。

「いやだわ、恥ずかしい。ごめんなさいね」
「いえいえ。皆さん、このソファーが心地いいのか眠ってしまう人が多いんですよ」

夏代は頬を赤らめながら、席を立った。
龍臣も見送るために店の入り口まで行った。すると、夏代は不思議そうに首を傾げた。

「……ここには修也の話をしに来ただけだっけ?」
「ええ」
「そう……。何かとても大切なことを忘れている気がするのよね」

そう言われて龍臣は少しドキッとしたが、表情は変えない。

「そうですか?」
「ええ……。何か……、約束みたいなことした?」
「約束ですか?」

夏代は記憶の世界のことを忘れているのに、龍臣とした約束は何となく覚えているようだ。
内容は覚えていないが、何かについて約束したようなそんな気がぼんやりするのだと言う。
どうしようかと龍臣は思ったが、小さく首を振った。

「さぁ……、特には覚えていませんが」
「そうよね。私の勘違いだわ。ありがとう、またね」

そう言って夏代はどこかすっきりとした表情で帰って行った。

角を曲がるまで見送り、ゆっくりと店の扉を閉める。
すると、後ろから声をかけられた。

「龍臣の嘘つき」

振り返るとあずみが呆れたような表情で立っていた。あずみも何となく記憶の世界での出来事を知ってしまうと言っていた。だから夏代との約束も、龍臣が今それについて嘘ついたこともわかっているのだ。

「あずみが記憶の世界を見れてしまうのも厄介だな」

龍臣は困ったように笑う。
あずみが知らなければ、おの事実は龍臣だけが知る話だったのに。

「どうして約束を知らないなんて言うの?」

責めている風でもなく、ただ疑問と言った感じで聞いてくる。

「龍臣は修ちゃんが全てを知った方がいいと思っていたじゃない。切り出し方や伝え方に悩んでいただけで、知っていた方がいいと思っていたでしょう?」
「ああ、今でもそう思っているよ」
「じゃぁ、何で夏代さんとの約束を破るようなことするの?」








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