記憶堂書店
そこまで話すと、あかりは耐え切れなくなったように耳を塞いで頭を振った。
その時の記憶を頭から消し去りたいとでもいうように。記憶にある映像、音を消すかのように。
その姿を龍臣は悲しげに見つめる。
「あなたはいつも思っていた。あの時自分が転ばなかったらと。いいえ、もともと走らなければ、と」
あかりは泣きながら頷いた。嗚咽が漏れる。
何度も後悔していた。後悔して後悔して、何度泣きながら目が覚めたことか。
もう戻れないとわかっていても、あの時こうしていれば、と出来もしないことを考えてしまう。
「あなたの過去は変えられません。歩んできた人生は変えることは出来ないのです。しかし、この記憶の本は、やり直したいと思う時の分かれ道、すなわちもう一つの選ばなかった選択肢の人生を視ることができます」
龍臣がそう伝えると、あかりは泣きはらした顔をゆっくりとあげた。
「もう一つの人生?」
「はい。あなたが、転ばなかったら。いえ、あなたたちが走り出さなかったらどうなっていたか。あなたが思っている、選ばなかったもうひとつの人生です」
「視られるんですか?」
「ええ。ただし、それはあくまでももう一つの人生。あなたの人生や過去は変えられません」
「つまり、視るだけということですか?」
あかりの言葉に龍臣は静かに頷く。
パラレルワールドみたいなものだろうか、とあかりは考えた。そういう小説を読んだことがある。
並行したもう一つの自分の人生。
今の自分の人生と交わることは決してないけれど、龍臣が言うにはそのもう一つの世界を見ることが出来るということだ。
記憶の本は、その人の見たいと思うもう一つの人生を視ることができる。
しかし、それは「もうひとつの人生」であり、本人の歩んできた人生ではない。
過去は変えられず、ただ視るだけなのだ。
「見せてください」
あかりは全てを納得した上で、頷いた。もう涙は流れていない。
「あなたの過去は変わりませんよ?」
「わかっています。それでも、見たいんです」
あかりがそう話すと龍臣は小さく頷く。
「では、どうぞ」