記憶堂書店
それを見送ってから、龍臣は二階を見あげた。
残念なことに、あずみの気配はなく、二階へ行ったとしても出て来てはくれなさそうだった。
「一難去ってまた一難……」
呟いて、カウンターの椅子に疲れたように座る。
修也の件が終わって、ホッとしたところだったのに何てことをしてしまったのだろう。
ただひたすら後悔しかない。
龍臣は深いため息をついた。
「ごめん、あずみ……」
一応、二階に向かって呟いてみるがもちろん返答なんてない。
あれはただの出来心だった。
そんなのはただの言い訳でしかない。
あずみはただ冗談でキスしてほしいと言っただけだった。それなのに、なぜ挑発に乗ってしまったのだろう。
いつもならあんな冗談は簡単にかわせたはずだ。
あずみだって、そのつもりであんなことを言ったのに。
龍臣はただひたすら頭を抱えるしかない。
自分で起こした行動が信じられないでいたのだ。
幽霊と人間。
そこは紛れもない事実だった。だから龍臣は常に深入りしないよう、一線を引いて接していた。あずみがどれだけ龍臣との距離を縮めて来ようが、龍臣がそれを許さなかった。
いや、龍臣自身がブレーキをかけていたのだ。
それを自分で壊してしまったのだから、どうしようもない。
「見えるから悪いんだ……」
あずみが見えるようになってから、龍臣は調子がくるっている。
正確には、今まで自分で抑えていた部分、気にしないようにしていた部分が現れ出したといった感じだった。
「あずみは幽霊なんだ。もう、死んでいる……」
龍臣は何度も小さな声で呟いた。
そう言い聞かせないと、取り返しがつかなくなりそうで怖くて仕方なかった。