記憶堂書店
三章
あずみ
あの日の一件から、あずみは龍臣に会うとふとした瞬間に恥ずかしそうに照れるそぶりをみせることが多くなった。
まるで恋する乙女だ。
龍臣としてはその反応にどう返していいのかわからないが、あずみが触れてこない限りはとりあえず今まで通り接するようにしている。
以前のように、一週間も現れないとか泣いているとかそういうのではなかったので、それについてはホッと胸をなでおろした。これで完全に避けられたらたまったものではない。気まずいことこの上ないし、修也に何を言われるかと思ってしまう。
そして、あずみが今まで以上に龍臣を意識しだすと、それに伴って不可解な言動が増えているように感じていた。
「うわぁ、紅葉よ」
あずみは店の小窓から外をのぞき、赤く色ついた紅葉を見て感嘆の声を上げた。
最近では夕方どころか、龍臣が出勤すると起きてきていることが多くなっていた。それが当たり前に感じる位に。
そして今朝も、龍臣が店先の掃除をして中へ入ると、集められた紅葉をしげしげと眺めていたのだ。
「綺麗ね。これはあそこの大きな紅葉の葉っぱから落ちて来たのかしら?」
「あそこって?」
「あそこよ、ほら、裏の大きな二つの木の……」
「裏のじゃないよ」
「え? そうなの? あの木は切ってしまったのかしら」
あずみは紅葉を見ながらそう話すが、記憶堂の裏は塀になっており、紅葉の木などはない。この集められた紅葉は表通りから舞い落ちて来たものだ。
あずみ自身、そんなことはとうの昔にわかっているはずだ。
龍臣はまたか、と思う反面、以前のようにあずみが自分の発言に疑問を感じなくなっているのが気になっていた。
以前なら、指摘するとハッとした表情になるのに今ではそれもない。
かといって、昔の記憶を思い出している風でもない。
まるで、自分が生きていた頃と現代を混同しているかのような様子なのだ。