記憶堂書店
龍臣の声が頭の中に響くように聞こえ、すぐに一瞬視界が揺らいだ。
立ちくらみの様な眩暈を感じ、目を閉じてからゆっくりと開ける。そして、再び景色がはっきりすると幼い自分の声が聞こえた。
「あ、大ちゃん。お父さんが帰って来たよ」
「本当だー」
これはさっきの場面だ。
少し前の時に戻ったということか。
震える手を抑え、二人をじっと見つめている。すると弟が走りだした。走って、止まることなく公園を抜け出そうとしていた。
えっ!? このままではまた弟は横断歩道に出てしまう。また事故に会ってしまうではないか!?
あかりは動揺した。どうして! 何も変わらないの?
そう思って声をあげそうになった時だった。
「走っちゃダメだよ、大ちゃん」
弟が公園を出る直前。幼い自分が腰に手を当て、後ろから大きな声を出して弟を叱っている。その姿はまるで母の様で。いや、母の真似をしているのだろう。
弟は声をかけてきた姉を振り返って、公園を出る前に足を止めた。幼いあかりは弟に近づいて頬を膨らます。
「いつもお母さんが言っているでしょ。飛び出しちゃダメだよって」
「はぁい」
大樹はしょぼくれて、差し出された姉の手を取った。
そして、手をつなぎ歩きながら二人は公園を出て行った。
その姿を見送り、あかりは泣きながら膝をつく。
事故が起こるような音は一つも聞こえてこない。
あの、決して耳から消えることはなかった車のブレーキ音と鈍いぶつかる音はいつまでたっても聞こえてこなかった。
代わりに、しばらくすると父と楽しげに手をつなぐ幼い姉弟が公園を横切って行った。
あぁ、事故は起きなかった。
やはり、あの時自分が転ばなければあんなことにはならなかったのだ。
やはり、あれは自分のせいだ。そんな強い後悔と、もうひとつの世界では弟が無事だったことへの安堵と、複雑な気持ちで声をあげて泣いた。
ひとしきり泣くと、足元に影が落ちた。
「これがもう一つの人生です」
「弟は、事故には合わないんですね」
たくさん泣いたからだろうか、少しすっきりした気持ちになり笑顔の弟に嬉しさが込み上げてきた。
この世界では弟は安全だった。それが嬉しかった。
しかし、龍臣は曖昧に微笑んで、肯定も否定もしなかった。