記憶堂書店
一人残されたあずみは悔し気に唇を噛む。
あずみは龍臣や修也の方を見ようとはしない。気にも留めていないようだ。龍臣たちは顔を見合わせ、あずみの隣へ立つ。
「あずみ……?」
声をかけるが、あずみは振り返ろうともしなかった。まるで、声が聞こえていないように。
いや、本当にあずみには見えていないし聞こえてもいないのかもしれない。
「もしかしたら、ここはあずみの記憶の世界なのか……?」
龍臣が呟くと、修也が「まさか……」と見返す。
「あずみに触れた時に光に包まれて、目が覚めたらここに居たんだ。記憶の世界とは言えなくても、ここはあずみの生きていた頃の世界なのかもしれない。だから当時の生きている人たちには僕たちが見えないんだ」
「え? 俺たちが死んだってこと?」
「そうじゃない。あずみの生きていた頃に飛ばされたんだ」
その証拠に、龍臣には目の前のあずみが透けて見えることはなかった。
生身の生きているあずみだ。
どこか胸が熱くなりながらも、困惑していた。
幽霊のあずみに、この世界に飛ばされたのだろうけど当の幽霊のあずみがいない。これでは帰り方がわからなかった。
「ねぇ、ということはここはあずみさんの家? かなりお金持ちじゃない? お嬢様だったんだね」
確かにかなりのお屋敷だろう。父親は銀行の頭取と言っていた。
目の前のあずみはおもむろに服を着替え始めた。慌てて二人は後ろを向く。
そして、ガチャッと扉が開く音がして、ブラウスとスカートに着替えたあずみが部屋を出て行った。
龍臣達もそれを追う。
「どこに行くんだろう?」
「さぁな」
屋敷の廊下を抜けて、一階へ下りたが玄関ではなく裏口の扉を開けて外へ出る。
「広いお家だなぁ」
修也が感嘆の声をもらす。
あずみはそのまま屋敷の裏手にある雑木林を抜けて、小さな小屋へたどり着いた。
外にはほうきやバケツが置いてある。見たところ、物置のように見えた。
あずみはサッと身なりを整えて、扉をノックした。
「はい」
中から声があり、扉が開く。
現れたのは一人の男性だった。
すらっとした背の高い男性で、歳の頃は20代前半。服は粗末だったが、がりがりには痩せていない。その人を見て、修也が息を飲んだ。