記憶堂書店
大ちゃん――、そう呼ばれた弟の大樹は姉の姿を見ると呆れたようにため息をついた。
「姉ちゃん居た。全くここで何しているんだよ。ほら帰ろう」
「ごめん。でもよくここがわかったね」
「なんとなくね」
あかりは笑顔で弟の大樹に近づく。そして、あっと振り返った。
「あの、店長さん」
「はい。なんでしょう」
「あの、私何の本を探しているか忘れてしまって」
「構いませんよ。お気を付けてお帰り下さい」
あかりが恥ずかしそうに頭を下げて出ていくと、弟の大樹はチラッと龍臣を振り返った。
目が合うと大樹は穏やかな笑顔を見せる。
「お世話になりました」
意味ありげに言葉を強調すると、龍臣は苦笑した。軽く手を上げると大樹は一礼して姉とともに店を出て行ったのだ。
「ねぇ、龍臣君。あの男の子ってさ……」
修也が二階から降りてきて入口を見ながら聞いてきた。
龍臣は大きく身体を伸ばしながら頷く。
「あぁ一週間前に来た子だよ」
「やっぱり。見たことがあると思っていたんだ」
弟もイケメンだなー、と呟いている。
記憶堂の記憶の本は、不思議なことに目覚めるとその存在を消えてしまう。
そう、まるで雲のように、霧のように消えてなくなってしまうのだ。
そして、自分の身に起きたことを覚えていない人と、大樹のように覚えている人と二通りに分かれる。
あかりは前者で、記憶の本のことやもうひとつの視た人生のことは何一つ覚えていなかった。ただどこか気持ちがスッキリと軽くなっただけであろう。
そして、弟の大樹は後者で全て覚えていた。
大樹は一週間前にここ記憶堂を訪れていた。大樹の記憶の本が現れたためだ。
彼もやはり、あの事故の時を視たいと。