記憶堂書店
そして大樹もあの日の公園へ行き、もうひとつの事故のない人生を視ることになる。
あかりと同じように、その日、姉に引き止められた大樹は事故に会うことなく無事に父と家へ帰って行ったのだ。
しかし、大樹には続きがあった。
大樹はもうひとつの人生でも、数日後に事故に合っていた。しかも同じあの横断歩道で。
学校の帰り道、ひとりで帰宅中の大樹はあの横断歩道で居眠り運転に突っ込まれてしまう。そして救急車に運ばれて行った。
そこまでを視ることが出来たのだ。
さぞかしショックだろうと大樹を見るが、彼は取り乱すことなく、淡々と冷静にそれを受け止めているようだった。
彼には事故より大切なことがあったからだ。
「この場に姉はいなかったんですよね」
そう。ただひとつ気にしていたこと。それは、姉が側にいたかどうかだった。
もう一つの世界での事故の時、姉は側にいなかった。
それを知って、彼は大きくため息をついた。
「もうひとつの人生まで姉を苦しめたくなかった」
大樹は安堵の笑みで龍臣に言ったのだ。
「僕はあの事故で右足を失います。今、膝下は義足なんですよ。でも、それはこのもうひとつの世界の人生でも同じだった。どの道、僕が足を失うのは決められた運命なんです。でももうひとつの人生での事故は姉が側にいて起きたことではなかった。安心しました。こちらの世界では姉が後悔と懺悔で苦しむことはない」
そう言うと大樹は晴れ晴れとした笑顔を見せた。
彼も彼なりに姉を苦しめていたことに悩んでいたのだろう。
「店長さん。過去は変えられない。でも、もうひとつの世界では姉は自分を責めず、苦しまず幸せみたいです。それを知れただけで僕はホッとしました」
大人びた表情で、そう言ったのだ。
きっと大樹は姉がいずれ自分と同じようにこの世界へ来ることを予想していたのだろう。
そして、迎えに来た時に姉のすっきりした顔を見て安堵したのだ。
「あんなに若いのにもうひとつの人生を視たいなんて。これから先の人生、もっといろいろあるのにね」
いつの間にか隣に来ていたあずみはそう呟く。龍臣はそこにいるであろうあずみの場所を見つめた。
「あずみがそれを言うか?」
「どういうこと」
「あずみだって見方を変えれば地縛霊だぞ。地縛霊が人生を語るのか」
龍臣が苦笑すると、あずみが頬を膨らませた。
「何よそれー!違うもん、私はこの店の守り幽霊だもん」