記憶堂書店
「大丈夫ですから。少し眩暈を起こしただけ。休めばよくなります」
そうは言うが、顔は真っ青で血の気がない。どこか苦しそうで息も荒かった。休めば良くなるという風にはどうしても見られず、鏑木青年は困惑する。大丈夫だというのだから良いかとも思うが、それにしても見捨てるにはあまりにも酷く、かわいそうだ。
「では、僕の家がすぐそこなので少し休んで行ったらいい。僕は鏑木と言う。ああ、家には母やばあやなど女性もいるから心配はいらないよ。誓って、危害は加えないから」
そう心配した鏑木青年に言われ、女性は一度断る。しかし、目の前で苦しむ女性を見捨てるわけにはいかない。ましてや、夕方だが暗くなり始めているこの時間にこんな人通りが少ないこんな場所で女性をひとりに出来なかった。
大丈夫だと言い張る女性を何度も説得し、最後にはほぼ強引に女性を支えられながら鏑木家へと歩いて行った。
その背中を後ろから龍臣と鏑木が見守る。
隣の鏑木に「もしかしてあの女性は……」と聞くと、大きく頷かれた。
「妻です」
なるほどと思う。そういえば、先日店先で初めて会ったとき桜の花びらを見ながら、妻と初めて会った時を思い出すと話していた。
それがこの場面なのであろう。
しかし、記憶の本はその人の一番やり直したい、もう一つの人生を見たいと願う場所時に連れていく。
妻と出会ったこの場所、瞬間を強く願っていたということは鏑木が一番後悔し、願う場所であるということだ。
「ここが鏑木さんが見たい、もう一の人生ですね?」
念押しの様に龍臣はそう尋ねると、隣にたたずむ鏑木は切なそうな表情で頷いた。
「ここです。この場所です。ねぇ、店主さん。この記憶は、もう一つの選ばなかった人生を視ることは出来てもそれを選んでやり直すことは出来ないんですよね?」
「はい。一度選んで来られた鏑木さんの人生は変えることは出来ません。過去は変えられないのです。しかし、こうしていたらどうなっていたかというもう一つの別の選択――人生を視ることだけは出来ます」
「それは、そのもう一つの人生は並行したパラレルワールドで行われている人生だということなのでしょうか」