記憶堂書店


つまりは、ここで視たもう一つの人生は、この世界すなわちパラレルワールドでもう一つの自分の一生として進んでいるのかと言うことが聞きたいのであろう。

しかし、それについては龍臣は肯定も否定も出来なかった。
この世界がパラレルワールドで並行して進んでいるかどうか何て龍臣にはわからない。
このもう一つの世界が本当に存在するのかすらも。
だからこし、この記憶の本の世界がもう一つの自分が願った人生として送られているのかどうか。
それも案内人の龍臣もわからないし、知らないことなのだ。
龍臣は、この「もう一つの世界」は本の世界のように感じている。自分のやりなおしたいもう一つの選択肢が、自分の思うように進むよう願われた世界のようだと。
しかし、それも確かではない。
鏑木の言うように、パラレルワールドで、自分たちの世界と同じように進んでいる世界なのかもしれない。
ただ記憶の本を通じて案内するだけの龍臣にはわからないことだった。

わかることは、見ることは出来ても決して交わることがないと言うことだけ。
だから鏑木の質問にも曖昧にしか笑えなかった。

「ここが鏑木さんが見たい場所なら視ることは出来ます。それを視て、さらに後悔するか気持ちが軽くなるかはわかりません」
「ええ。構いません。私の辿ってきた人生が変えられないのなら、どっちにしろ事態は同じなのでしょう。……店主さんは、私がこの場所を選んだ理由をご存じなのでしょうか?」
「なんとなくですが。一応、私は案内人ですから」

そう答えると、満足げに頷いた。

「なら話は早い。私にもう一つの人生を視せてください」
「……よろしいのですか?」
「構いません」

龍臣は一瞬躊躇した。
鏑木がこの場所を選んだ理由は知っている。だからこそ、もう一つの人生を視ることは残酷なことになってしまうのだ。
鏑木が見たいもの。
それは鏑木青年が女性を助けない、というものだった。
それを見せてよいものか。
迷いが生まれるが、目の前の鏑木は真っ直ぐ龍臣を見つめ、無言の視線で先を促す。
それが鏑木が望んだもう一つの選択肢。
それなら仕方ない。
そう思い、軽く息を吐く。

「わかりました。――では、どうぞ」

そう呟いて、軽く手を振ると視界が大きく揺らいだのだった。




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