記憶堂書店
そう、思っていた。ずっと――――
鏑木は切なげな表情で、桜の木のしたで蹲る女性を見つめる。
あの時、この時。
自分が無理に家へ連れて帰らなければ彼女は本当の幸せを掴んでいたはずだったのにと、後悔していたのだ。
彼女には大切な人生があった。それを壊したのは、鏑木の善意だったのだ。
「大丈夫ですから。少し眩暈がしただけ。休めばよくなります」
そう告げた女性に、困った表情の鏑木青年は少し立ち尽くして考え込んだ後、再度隣に腰を下ろした。
「そうですか……? まぁそこまで言うなら……。何かあったら近くの家の人に声をかけてくださいね」
「ご親切にありがとうございます」
弱々しく微笑む女性に一礼し、鏑木青年は立ち上がった。そして、一度迷うように振り返った後、先ほどと同じように再び本を読みながら歩き出し家路へと向かっていったのだった。
「これがもう一つの人生です」
鏑木の隣から龍臣はソッと声をかける。
「ええ。もう少し、見ていてもいいですか?」
鏑木は予想通りであるかのように頷き、女性から目を離さぬまま聞いた。
「もちろん。一番“そこ”が見たかったのでしょう?」
「えぇ」と頷く鏑木の横顔はどこか嬉しそうだった。
数分後、木の下に蹲る女性の元へ誰かが走ってくる足音が聞こえてきた。
「遅くなってすまない!」
「ああ、坊ちゃま」
女性は蹲っていた体を起こし、走り寄ってきた男性に手を伸ばして縋りつくように抱き付いた。
男性――見たところ20代後半――は女性をしっかりと抱きとめると驚いた表情をする。
「お前、熱があるのか!?」
「たいしたことはありません。大丈夫ですから」
「しかし……」