記憶堂書店
その後姿を見送り、姿が見えなくなったところで店の中へ入る。
ぴしゃっと扉を閉めると、一気にシンッと静まり返り寂しい気持ちが余計に煽られる。あんな記憶を見せられると、やるせない気持ちでいっぱいになってしまうのだ。
ただ記憶の世界へ案内するだけしかできない自分はなんて無力なのだろうと。
扉を閉めたまま俯いていると、ふんわりとした空気が近くに現れた。
「龍臣? 大丈夫?」
あずみが気遣うようにそっと声をかけてきた。
右腕に触れているのだろう。そこが温かくなる。
鏑木は後悔していないと話していたが、もしそれが自分だったら耐えられないだろうと思った。そこまで懐大きくいられない。
愛する人の心の底には他の人がいる。
それは無意識下にあるもので、きっと鏑木の妻はそれなりに鏑木を愛していたに違いない。ただ、心の奥深くにかつて愛した忘れられない人への思いが残っているだけなのだ。
しかし、それはなんて残酷なのだろう。
龍臣は鏑木の気持ちが良く分かっていた。
愛しても、振り向いてもらえないもどかしさ。だからこそ、見てみぬふりをしてきた。
「龍臣?」
あずみの心配する声に、気配の方へ手を伸ばす。
決して触れることはない、あずみの姿。声しか感じられない、その姿を求めるように手を広げると、胸元に温かいぬくもりが広がった。
背中にもかすかなぬくもりを感じ、あずみが抱き付いたとわかる。
そっと手を前で囲むようにし、そこにいるはずのあずみを抱きしめる。
「どうしたの、龍臣?」
あずみの戸惑ったような、少し嬉しそうな声が耳元で聞こえた。
そこにあずみがいるのだと強く認識する。
そして、無性に悲しくなった。
「切ないもんだな」
「……」
低い声で呟くと、あずみが何度も背中をさすってくれる気配を感じた。