記憶堂書店


井原が目を覚ますと、今度は薬品の匂いではなく古びた本の匂いが鼻についた。
薄暗い本屋のソファーに座っている。
井原の心はどこかすっきりした気分になっていた。

「気分はいかがですか?」

龍臣はソファーまで歩み寄り、ぼんやりとしている井原に問いかけた。
井原は天井を見上げたまま呟いた。

「現実ですね」

どうやら井原は今見てきたことを覚えているようだった。しかし、龍臣は何も言わない。
しばらく夢うつつの様に天井を見上げていた井原だったが、急にパッと体を起こした。

「店長さん、ありがとうございました」

井原は立ち上がって、龍臣を深々と頭を下げた。
落ち着いたのか、表情は良い。

「ここに来れて良かったです」

どこか気弱そうな様子だった井原が、今は少し背中がしゃんとしている。
どこか決意のようなものも感じられた。

「あの、どうかお気を落とさず」

かける言葉が見つからず、変な慰めかたになってしまったなと思ったが、井原は微笑んで頷いてくれた。
気落ちしている様子は見られなかったが、あんなに泣きじゃくっていた井原にどう声をかけていいのかわからなかったのだ。

「大丈夫です。ちゃんと西原と向き合って話し合います」
「そうですか」

そうして何度も頭を下げる井原を見送って、今度こそ閉店しようと入り口に鍵をかけた。










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