記憶堂書店


若い加賀先生は腕時計を気にしながら足早に商店街を歩いている。
待ちあわせなのだろうか、少し焦っている様子だ。
すると、目の前から小さな赤ん坊を抱いた女性が歩いてきた。見たところ、加賀先生と同じくらいの年代。その女性はうつむき加減で、疲れているのか足元がややおぼつかない。

「あの人は……」

龍臣はその女性にどこか見覚えがあった。
この記憶は今から13年くらい前の、龍臣も良く知っている町だ。当時、中学生だった龍臣の頃の記憶をよみがえらせ、ハッと息を飲んだ。
その女性はフラフラしたまま急ぐ加賀先生と肩が軽くぶつかった。

「すみません! 大丈夫ですか!?」

加賀先生はとっさによろけた女性の腕を掴み、謝った。

「いえ……、こちらこそ」

女性も謝罪すると、加賀先生は「あっ」と声を出した。

「もしかして、花江?」

そう呼ばれた女性はハッと顔を上げた。
そしてその顔が驚きに代わる。

「綾子?」
「やっぱり花江だぁ」

加賀綾子先生は満面の笑顔を浮かべると、花江と呼ばれた女性も笑顔を見せる。

「びっくりしたー! こんな所で会えるなんて嬉しいよ。久しぶりだね。元気だった? この子、花江の子?」
「そうなの。結婚したんだ」

花江は腕の中で眠る赤ん坊の顔を綾子に見せる。
二人が最後に会ったのは2年前の同窓会以来だった。花江は控えめな性格で友達は多くなかったが、綾子とは学生時代からよく遊んでいた中だった。
親しくはしていたが、高校を卒業して進路が別々になると自然と連絡をあまり取らなくなってしまっていた。
久々の再開にお互い嬉しそうにはしゃいでいる。

「かわいいー! 男の子? 花江に似てるね」
「そうかな」
「うん!この鼻筋と口元なんてよく似てる。格好良く育ちそう」

まだ一歳に満たないような赤ん坊は、ほんのり母親の花江に似ていた。
すると、花江が加賀先生をジッと見つめて、何かを考えるような表情を見せた。そして、恐る恐るといった様子で切り出した。

「……あのさ、綾子。この後時間ある? ちょっとお茶しない? 話したいことあって……」

最後の台詞はほとんど声になっていないくらいに小さかった。

「今? あ~、ごめん……。急いで行かなきゃいけないところがあって。また今度でもいい?」

綾子は慌てて時計を確認し、ほんとうに時間がないのか顔をしかめて今にも走り出しそうな雰囲気だ。
花江は一瞬、顔を曇らせるが再び笑顔を作った。

「うん、わかった。ごめんね、急いでるのに引き留めちゃって」
「ううん。会えて良かった。またね」

そう言って綾子は手を振って足早に商店街を抜けて駅へと急いでいった。
花江はその後ろ姿をしばらく見つめ、またうつむき加減で歩きだして、見えなくなった。




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