記憶堂書店
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花江と綾子は商店街のはずれにある小さなカフェに入った。
そこのカフェは龍臣も知っていた。少し耳の遠いおじいさんがマスターで、そのおじいさんが亡くなった現在はコンビニになっている場所だった。
二人は窓際の一角に座る。狭くもないが広くもないその店に、客は二人だけだった。
「で、どうかしたの?」
綾子の問いかけに花江は俯き、腕の中の赤ん坊を見つめる。赤ん坊の修也はぐっすり眠っていた。
花江の視線を辿って、綾子も頬が緩む。
「可愛いね。名前なんて言うの?」
「修也っていうの」
そう一言言って、また黙ってしまう。そして、意を決したように顔を上げた。
「……あのね、綾子。私、この子を置いてもうすぐ行かなきゃいけないの……遠くに」
花江はかすかに唇を震わせながらそう呟いた。
花江は色素が薄い、茶色の髪と瞳をしている。そのきれいな顔立ちはより一層はかなげな雰囲気を醸し出していた。
今にも消えてしまいそうな花江に綾子は息を飲む。
「え? どういうこと? どこに行くの?」
思いもよらない言葉に大きく動揺する。
「ねぇ綾子。私がいなくなったら、時々でいいからこの子を気にしてもらえるかな?」
花江は綾子の問いを無視してそう告げた。
益々綾子は混乱していった。
「待って、花江。話が全然分からないよ。どうして修也君を置いてどこかへ行くの? どこに行くの? 一人で? 旦那さんは? この子はどうするの? ちゃんと説明して」
質問攻めの綾子の困惑に、花江は悲しげに微笑むだけだ。そして、愛おし気に腕の中の修也を優しく撫でている。
「……旦那ね、事業に失敗して借金しててね。返すために掛け持ちで仕事をしていたんだけど、体を壊しちゃったの。今、入院していて……」
花江の告白に綾子は絶句した。
花江達はまだ23歳だった。旦那は少し年上と聞いていたが、それでもまだ20代半ばくらいなはずだ。それなのに、その若さでそんなことになっていたことに綾子は言葉が出なかった。