記憶堂書店
綾子は運ばれてきたコーヒーを一口飲んで気持ちを少しでも落ち着かせる。
久しぶりに会った友達の突然の告白にどうしていいのか、頭の中はパニックになっていた。
「花江が借金返済と入院費を稼ぐために遠くで働くってこと?」
だったら、小さな修也と離れなくてはならないのもわかる。しかし、そうであった場合は、そこまで長期間離れているとは思いにくい。
働きにでるが、すぐに戻ってくるのだろう。
そうであってほしいと思いつつ、恐る恐る聞いてみると花江は曖昧に笑った。
「この子はうちの実家に預けることにしたの。すぐ近所よ。確か綾子、学校司書なんだよね。将来、もしこの子に会うことがあったらよろしくね」
「それはもちろんだけど……、花江は大丈夫なの?」
綾子の全ての疑問に花江は笑顔で流す。ますます不安になってきた。
さっきから花江は綾子の質問に明確に答えていないと気が付いたからだ。短期間だけ離れるのではと思っていたが、どうやらそうではないらしいと空気が教えてくれていた。
「ねぇ、これからどうするのかわからないけど、さすがに修也君と離れちゃダメなんじゃないの? そんなに大事にしているのに、離れちゃっていいの?」
「こうするしかないんだ。きっともう会えないけど、この子が元気に育ってくれればそれが一番なの」
そう言う花江の顔は真剣だった。修也の幸せのためならと、決意が見える。
その決意とは何なのだろう。花江が全てを話してくれないため、知ることが出来ない。
「会えないって……。一生会えないってこと? どうして? どこに行くのよ、花江?」
その問いかけにも花江は悲し気に微笑むだけだった。
「花江、理由を教えてよ。せめて私に何か力になれることはないの……?」
必死にどうにかできないかと訴えかけるが、花江の決心は堅い様子だった。
「話を聞いてくれてありがとう、綾子。どうしても……、どうしても、誰かに聞いて欲しかったの」
満足そうに微笑む花江は眠る修也のおでこにそっとキスをした。