記憶堂書店
「そう。それでも、こうして花江の思いを知ることが出来て良かったと思うのは私の身勝手でしょうか?」
「……いいえ。これはあなたのもうひとつの人生です。あなたの思うままで良いと思います」
「それなら、知れてよかったと思います」
加賀先生はどこか吹っ切れたように立ち上がった。もとから切り替えが早いのか、いくらか心がスッキリしたのか。いや、自分自身を納得させたのだろう。
龍臣はその姿に複雑な思いをしていた。
加賀先生はきっと戻ってもこのことを忘れてしまうだろう。覚えている人の方がまれなのだから。しかし、案内役である龍臣は忘れることはない。当事者でないためか、案内人だからなのか、龍臣は現実に戻っても覚えているのだ。
この事実を知って、どうしたら良いのだろう。
修也に伝えるべきか否か。このことを修也が知ったらどう思うのだろう。安易に伝えるべきではないのか。
龍臣は判断しかねていた。
花江がいなくなった通りをジッと見つめていたが、何も答えは出なかった。
――――
現実に帰ると、案の定、加賀先生は何も覚えていなかった。
目を覚まし、自分はどうしてここに居るのだろうと困惑していたため、龍臣の忘れ物を届けてくれたのだと伝えると納得して晴れやかな表情で帰って行った。
「はぁー」
龍臣は加賀先生が座っていたソファーにどさっと腰かけた。
今回は疲労感がとてつもない。脱力感が強かった。
あんな世界を見せられて、どうしろというんだと思わず頭を抱えてしまう。
「龍臣」
あずみがそっと声をかけ、隣に座ったのが分かった。現実に戻って来た時から居たのには気が付いていた。龍臣の疲労を気遣うように寄り添っている。
「あずみ……、僕はどうしたらいいんだ」
龍臣は頭を抱えたまま、あずみに問いかけていた。しかし、あずみは答えない。
そして、ふと思った。
「あずみは全部知っていたのか?」
修也の両親のこと、何もかも実は知っていたのだろうかと疑問が過った。
あずみは長くこの店に居着いている。その分、実は龍臣よりも多くのことを見聞きしていたのではないだろうか。
もしかしたら、修也の両親のことも失踪も行き場所も全て真実を知っているのではないだろうか。
しかし、龍臣の期待とは裏腹にあずみは残念そうな声を出す。
「ごめんなさい、知らないわ。ただ何故か、龍臣が記憶の世界へ行くと私にもその中身が薄らと見えてしまうの。だから今回のことも見ていたけれど、修ちゃんのことは何も知らないの」
そうだったのか、と驚きで顔を上げるがもちろん龍臣にあずみの姿は見えない。