記憶堂書店
財布を鞄から取り出そうとした女の子に龍臣は申し訳なさそうにする。
「これは売り物ではありません」
「え……」
龍臣が穏やかに告げると女の子は落胆した表情を見せた。
修也はそのやりとりを2階へ続く階段の上からこっそりと見ていた。
肩まで伸びた黒髪に華奢な体。可憐な可愛い子だ。修也はどこかで見たことがあると思ったがすぐに思い出せた。
隣町にあるS女学院のマドンナで、下條あかりだ。
可愛いと評判で、噂は修也の高校にまでおよんでいた。そんなこがこんなところにいるなんて。
間近で見られたことに少しドキドキしながら、修也はふたりのやり取りを見つめていた。
「あの、お金なら払いますので、どうか売っていただけませんか」
「申し訳ありません。残念ながらこれはお売りすることはできないのです」
「そんな……」
「しかし、奥のソファーでお読みいただくことはできますよ」
そう言って、先ほどまで修也が座っていたカウンター横のソファーを指す。
そう。記憶の本は売ることができない。
いくらその人の本だからと言って売ることは出来ないことになっていた。そのため、いつも奥のソファーで読んでもらうようにしているのだ。
奥のソファーは本棚に囲まれ、小窓があって明かりは入るが外から中は見えにくい。レトロな雰囲気を持たせる綺麗な茶色のソファーにローテーブル。これが外に面していたらちょっとしたサロンのように見えるだろう。
「あ、じゃぁ読んでもいいですか?」
「ええ、お気の済むまで」
あかりは受け取った本を大事そうに抱えてソファーへ腰かける。
そして、深呼吸をしてからゆっくりと本の表紙を開いた。
そのタイミングで案内した龍臣がパチンと指を鳴らすと――……
「あ……」
あかりは気を失うように目を閉じて眠りについた。
「いってらっしゃい。気が済むまで視てくるといい」