記憶堂書店


龍臣は本を避けながらあずみにそう怒鳴った。しかし本は強い風と共に龍臣に飛んでくる。

「痛い! やめろ、あずみ!」

何度かそう叫ぶが、怒っているあずみに龍臣の声が届いていないようだった。
こんなあずみは初めてだ。
龍臣は腕で顔と頭を守りながら前を見ると、一瞬だけ二メートル先くらいに袴姿の女性が薄らと見えた。
それにハッとする。
赤い袴に長い黒髪を後ろで束ねている。色白で小顔の綺麗な顔立ちをしており、しかしその顔は怒りでゆがんでいた。
龍臣が初めて肉眼で見たあずみの姿だった。

「あずみ……」

龍臣が驚いていると、急に風も本もピタッと止んだ。
それと同時に龍臣に見えていたあずみの姿が見えなくなる。

「あ……、私……、今何を……」

あずみの唖然とした戸惑いの声だけが聞こえた。
まだそこにはいる。単にいつものように龍臣にはあずみの姿が見えなくなっただけのようだ。

「私……、今のって……」

どうやら正気に戻ったようだ。
怒りで自分が何をしたのか、わからなくなっているのだろう。

「あの、ごめんなさい……龍臣……、私……」

今にも泣きそうな震える声で謝ってくる。

「ごめんなさい!」

そう言うと階段を上がっていく音が聞こえて、あずみの気配が消えた。

一気に静寂になる。
ひとり残された龍臣はそっと呼吸を整えた。
何だったんだ、今のは。
あずみがあんなことをしたのは初めてのことだ。
あずみ自信、自分が何をしたのかわかっていないのだろう。
あれが、幽霊の力なのだろう。
初めて見せつけられたその力に龍臣は恐怖を感じた。

心を落ち着かせるように深いため息をついて、周囲を見渡す。床は本が散らばっていた。
中には貴重な本や高価な本もあり、龍臣はそれらを丁寧に拾い上げ傷や損傷がないか確認する。

幸いにも本は無事だった。

「……どうしたっていうんだ」

自分が傷つけてしまったとは思っている。
しかしあそこまで激昂するあずみは今までになかった。あずみにあんな力があるなんて……。
何かがおかしい。
あずみは今までとどこか違っている。
それは最近のあずみの様子と関係があるのだろうか。

「あずみ……」

龍臣は気配が消えた2階を見上げる。
初めて見たあずみは、怒りに顔が歪んではいたが美しかった。
修也が詳細に特徴を教えてくれていたが、実際に自分の目で見るとまた印象が違う。



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