食人姫
平坦な道などない、坂ばかりの集落。


辛うじてアスファルトで舗装されている道を歩き、谷の中心部、哲也の家にやって来た。


俺達は、谷の人間の事は名前で呼ぶ。


仲が良くても悪くても。


それは、この集落の人間の7割が同じ名字だから。


「大谷」と書かれた表札が掲げられた、立派な門構えの家。


俺も直人も、源太や勝浩、麻里絵も「大谷」で、由奈だけ「小谷」なのだ。


谷で一番大きなこの家が哲也の家だけど、門や玄関は開きっぱなし。


よそ者がほとんどいないこの谷では、防犯対策をするよりも、猪や鹿などの対策をする方が重要なのだ。


だから、インターホンなんて鳴らさずに勝手に家の中に入る。


声を掛けるのは、部屋に入る時くらいだ。


「哲也、入るぞー」


家の二階に上がってすぐ、襖を軽く叩いて開けると、タバコを口にくわえてテレビを見ていた哲也が、俺達に視線を向けた。


「何だよお前ら。俺の部屋はホテルじゃねえぞ。健全な遊び場なんだ、よそ行ってやれ」


俺と麻里絵が一緒にいるのが面白くないのか、シッシッと手を振って見せる。


「高校生のくせにタバコ吸っててどこが健全なわけ!?前から言おうと思ってたけど、あんた全然金髪似合ってないんだからね!」
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