食人姫
「すまん」


「喋るな」


聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声、すぐに起き上がり、民家の塀までゆっくり近付き、息を潜める。


足音も立てない化け物が、塀に隠れているとどこにいるか分からない。


恐らく、さっき降り立った場所にいるのだろうけれど……確認しなければ。


そう思い、出来るだけ顔を出さないように覗いた道路。













数メートル程先に、その塊はあった。


まだ人型を成していない。


何もかもを飲み込んでしまいそうな漆黒。


暗闇の中でも分かるほどの異物感を醸し出していて……気付かれれば死という恐怖がそこにはあった。


顔を引っ込めて、哲也に首を振る。


どうすれば良い……あの場所から動かなかったら、進む事も戻る事も出来やしない。


まだ家を出たばかりだというのにこの状況。


考えていなかったわけじゃない。


だけど、いざこうなると、恐怖で身体が震える。











そんな俺の肩を突いて、哲也が塀の内側にある民家を指差す。


「道は捨てるぞ」


そう囁いた哲也が、塀を乗り越えてこの家の敷地内に侵入する。


いくら谷の人達が皆家族みたいだからってこんな夜中に……と、一瞬思ったけど、この状況から脱出する為に、俺も塀を乗り越えた。
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