食人姫
谷を出てしばらく時間が流れた。


俺は、哲也の死を考えないように、麻里絵の手を握りひたすら歩いていた。


街と谷を繋ぐ唯一の県道を、二人で。


交わす言葉はない。


これからどうするかも考えていないけど、学生寮に戻れれば、しばらくは何とかなるだろう。


追っ手が来るとか、連れ戻されるとかは一切考えずに、一刻も早くこの状況をどうにかしたいとだけ考えていた。


今、麻里絵を救えるのは俺しかいない。


谷では、麻里絵は死ぬ事を望まれている。


つまり、俺が諦めてしまったら、この世に居場所がなくなってしまうのだ。


絶対に諦めるわけには行かない。


「街に着いたらさ、とりあえず俺の友達にかくまってもらおう。学校を辞めてさ、バイトでもすれば何とかなるだろ」


少しでも麻里絵を安心させる為に、俺はこれからの事を話した。


「うん……私もバイトする。大輔君だけっていうのはやめてね」


こんな事を話しながら……俺は溢れる涙を止められずにいた。


哲也が俺の身代わりになって死んだ。


それが、谷を離れた今になってようやく実感出来たから。


それを麻里絵に気付かれないように、涙を拭う事もせずに俺は歩いた。
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