食人姫
自分でも変な事を言ってるって分かってる。


よそ者がいないこの谷で、殺人を疑うという事は、谷の人間を疑うという事だと。


「……お前、マジで言ってんのか?いきなり考え変えやがって。何か根拠があって言ってんだろうな?」


化け物に向けられていた怒りを、そのまま俺に向けたような哲也の威圧感。


理解してもらえるかどうかは分からないけど、俺の考えを言わないと収まりそうにない雰囲気だ。


「だっておかしくないか?勝浩が死んだってのに、谷の大人は皆落ち着いてた。勝浩の親父さんでさえ、取り乱してなかったんだぞ?それに……そんな時間に化け物が出るんだったら、どうして俺達が帰ろうとしているのに誰も一緒に来ようとしなかったんだ?」


最初に反論するのは哲也か直人か、それとも由奈か。


そう身構えて、色んな答えを考えていたけど……皆不思議そうな表情で俺を見ているだけ。


「それに、化け物は夜に現れるんだろ?直人が勝浩を呼びに行った時は、まだ陽は落ちてなかったはずだ。それは……夜と言えるのか?」


「あ……いや、うん。夜じゃないね。だけど……うーん」


俺の問いに、顔をしかめて考え込むような表情の直人。


由奈の疑問から広がった疑惑。


それは、思わぬ方向へと俺達を向かわせようとしていた。
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