【完】山崎さんちのすすむくん


全く以て迷惑な原田くんを厠に押し込め、一先ず斎藤くんと別れる。


とはいえ寝直すには中途半端。


故に俺も早々に着替え、稽古場に向かうことにした。


まだ朝稽古には微妙に早いそこには、相変わらず斎藤くんだけが竹刀を握っている。


いっつも早よから来とる思てたけど、まさかあない薄暗い時から稽古しとるとは……ほんま真面目さんやわ。


沖田くんなんかは努力もさることながら天賦の才が大きい感じやけど、斎藤くんは努力で自分の才能を引き出しとる感じやな。


まさに努力に勝る天才なし、や。


ビュン、ビュン、と斎藤くんの奏でる風切り音を聞きながら体を温めていると、不意に音が止んだ。


「山崎さん」


投げられた声に振り向けば、お世辞にも愛想が良いとは言えないその人がこっちを向いている。


……俺も人んこと言えた義理やないけど。


「折角です、人が来る前に一本お願い出来ませんか?」


原田くんを除いて、いつも指南役にまわる助勤方とは打ち合ったことは少ない。


……斎藤くんは確か…。


ふむ、中々面白そうやん。


「こちらこそ、宜しくお願いします」


純粋に強い人とやりたいという気持ちと、一つの興味と、あとは特に断る理由もないということで、一も二もなく俺は腰を折った。



向かいに立つその青年の構えは極普通の正眼。


竹刀の握り方も俺と同じだ。


表情のない斎藤くんの眼だけが意思をもって俺を見据えている。


ピクリとも動かない俺たちの間に流れる空間は、まるで刻が止まったような錯覚を覚えた。


……んーこりゃ俺から動いてみんとあれやな。
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