【完】山崎さんちのすすむくん
元号が文久より元治に改元され数日。
誰一人として特に生活に関係のない改元のことなど気にすることもなく、いつものように隊務に励んでいた。
勿論俺も、だ。
「……ふん、うめぇな」
「有り難いお言葉に御座います」
朝、任務割りが終わった頃を見計らって副長に茶をいれる。
数日前から局長が、この新選組直属の上役である京都守護職の松平容保殿の薦めで湯治に向かわれてからと言うもの、副長はいつにも増して多忙であられる。
副長が少しでも喜んでいただけるのならば幸いだ。
もっといれよう。
そんな決意を胸に盆を脇へと置き、さらさらと筆を走らせる逞しい背に声をかける。
「……局長不在を好機とする者は居ませんね。今のところ皆いつもと変わりなく隊務をこなしております」
「なら良い。気の弛んでそうな奴がいたら斎藤に言え。鍛え直すように言ってある」
「承知致しました」
「てかお前今日は非番だろ。茶も報告もいいから取り敢えず外の奴を何とかしろ」
「……承知致しました」
気付かれないように細く細く息を吐いて立ち上がる。
頬杖をつき、僅かに此方を振り返った副長は至極楽しそうに笑っていた。
「餓鬼のお守りは大変だろ」
副長から言われるといやに重みがある言葉だ。
「……懐かれるのは慣れていますから。では失礼します」
林五郎がまた一人増えたと思えば良い。
くくくと喉の奥で笑う副長に頭を下げ、廊下へ出ると例の餓鬼が尻尾を振って待っていた。