【完】山崎さんちのすすむくん
街道の旅を終え、此処からは笠でなく傘に持ち変える。
一年もの間放置されていた傘は少しばかり油がくっついて開き難かったけれど、なんとか使えそうだ。
この大雨で、普段なら多く見られる屋台や棒天売も全くと言って良い程姿がない。
流石にそれなりの距離を歩いた俺の腹は、屯所の残飯で済ますくらいでは物足りず。
このまま北に上がり、商店の多い四条で飯を食って帰ることにした。
何を食べようかと考えながら、人通りの少ない雨の四条大橋を渡ってすぐ。
見知った顔が目についた。
夕美を預けた旅籠の主人だ。
なにやら不安げに眉を寄せるその様子に、嫌な予感が湧き上がる。
「どないかしはったんですか?」
思わず声をかけた俺に返ってきた言葉は、そんな予感を肯定するかのようなものだった。
「あ、山崎はん! 夕美ちゃん見てまへんか? 出かける言うて出てったきり帰ってきぃひんのや」
もう時刻は暮六つ(この時分、19時前)に差し掛かる頃。
普段ならまだかろうじて西に明るさを残す空も、今日は既に日が落ちたように真っ暗だ。
「お使いかなんかやったんですか?」
「やぁ今日はあの子休みやったさかいに……まだ道がようわからん言うてたし、来るんやったらこの辺や思たんやけどなぁ……」
話を聞けば、旅籠の女衆は飯の支度やらがあり、主人だけが気になって見に来たらしい。
しかしどの小間物屋にも既に人影すらなく、一度店に帰ろうとしていたところだったようだ。
林五郎……も今日は実家行っとる筈やし、やっぱあいつ一人か……。
桜を散らす春の大雨。
頭の中で一年前の記憶が甦る。
傘を打つ耳障りな音が更に不安を煽りたてた。
姿が、重なる。
ぐっと柄を握り締めると俺は唾を飲み込んだ。
「俺も探します!」