【完】山崎さんちのすすむくん
橋の西。
普段より水嵩の増した鴨川の濁流と、一層激しく辺りを打ち付ける大粒の雨に己の足音すら掻き消される。
それでも橋の下に目を凝らせば隅の方に何かが見えた。
堤に寄りかかるように横たわる、影。
「っ、夕美!?」
胸の奥で、心の臟が波打つ。
手にしていた傘と提灯を捨て、草の繁った堤に割り入った。
濡れた草と柔らかい土とが足を掬おうとするのをなんとか踏ん張り、河川敷へと降り立つ。
「ゆ……っ」
声も、音も、心の臟も。
一瞬全てが凍りついたような気がした。
橋の下で動かないその姿に、あの時の琴尾が重なって見えたから。
「……ゆ……み? なぁっ、夕美!?」
表情すらわからない暗闇で、その体を抱き起こす。
知らぬ間に小刻みに震えていた指先で、恐る恐るその顔に触れた。
「ん……」
指がその温もりを感じ取った刹那、微かな声が発せられる。
「夕美!?」
「……ぅ……あ……へぇ? すすむ、しゃん……?」
舌足らずな喋り方でも、生きていると言うことに一先ず胸を撫で下ろす。
詰まっていた喉から漸く空気が入ってきた。
「どうもしてへんか!? 何もされてへん!?」
「へ……? や、大丈夫、ですけど……?」
「ほなら何でこんなとこでっ!」
それでも未だ収まらない焦りにも似た不安感に包まれる俺に、状況をよくわかっていなさそうな夕美は少し黙り込む。
そして────
「や、あの……雨宿りしてたら寝ちゃいました……」
「はぁっ!?」
少し飲み込めてきたのか、申し訳なさそうに紡がれたその言葉に、思わず声が荒くなった。