【完】山崎さんちのすすむくん

寝てた……?


うん、確かに寝てた……寝てた……だけかいっ!!


脱力、まさにその言葉通り全身から一気に力が抜ける。


己の体さえ支えていられない。


「阿呆……心配さすなや……」


なんとかそれだけ口にすると、目の前の夕美に体重を預けた。


なんか残っとった気力体力全部使い果たしてしもた気ぃするわぁ……。


「すっすすっすっ烝さんっ? あのっ、ちょっと」

「……なんや」

「やっ、あのっ、この状況はいったい……?」


腕の中で夕美がもぞもぞと身を捩る。


だけど重い頭を持ち上げる元気も湧いてこない。


橋の下とはいえ、この豪雨に細かな飛沫が辺りに降り注いでいる。


この際、俺がずぶ濡れなのは勘弁してもらおう。


どちみち帰りは濡れる運命だ。


故に俺は状況の説明だけを小さく呟く。


「……町でたまたま藤田屋の主人に会うたんや。お前が帰ってこんて聞いて……」


一瞬、その時の恐怖が揺り返してきて夕美を抱く腕に力が籠る。


「お前になんかあったんちゃうかーって思たら……怖かったんや」


よりによって今日。


あまりに状況が酷似していて、時が戻ったようにすら錯覚した。


怖かった、恐ろしかった。


肺腑を抉るような思いに突き動かされた。


また一人、俺の前から消えてまうんかと……。


今、腕の中には確かな温もり。


戻らなかった理由は兎も角、無事だったことが嬉しい。


恐怖の名残か、安堵からか、未だ震える指先に我ながら苦笑いが浮かぶけれど。


いつまでもこうしてる訳にもいかない。


心配しているのは俺だけではないのだから。


「……取り敢えず戻んで。話はそんあとや」
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