【完】山崎さんちのすすむくん
夜の帳が下りた京の町。
空を覆っていた雲はいつの間にやら姿を消し、代わりに浮かぶ細い月が微かに光を放っていて。
何処までも澄んだ大気はまさに身を切るような冷たさで頬を掠めていく。
そんな闇夜に紛れ、俺は屯所内のとある一室の前で膝をついた。
「山崎、只今戻りました」
「……入れ」
「失礼致します」
返ってきた声に障子を開ければ置行灯の明かりがゆらり揺らめく。
「遅かったな」
堂々たる居住まいで文机の前に座り、未だどこからかの書類に筆を走らせるのは、この新選組の副長で在らせられる土方歳三、そのお方だ。
「申し訳御座いません。少々厄介に巻き込まれまして」
「構わん、元々お前の仕事にゃ明確な時間割りが有るわけでもねぇ。……で、何があった?」
その一言に冷えた空気が更に鋭さを増す。
土方副長は変わらず背を向けたままだと言うのに、その威圧感はまさに鬼に睨まれているようだ。
「相変わらず目立った動きはありません。浪人が増えてきたように感じるのが少々気になるところですが、妙な噂も聞きませんし、今の時点ではまだなんとも判断致しかねます。
……厄介と言うのはその任とは異なるのですが……その、あの、何と言うかですね……」
流石にあの話は言い辛く、口籠っていれば土方副長の筆がピタリと止まる。
ふん、と笑いを含んだ声が吐き出され、切れ長の瞳が此方を向いた。