【完】山崎さんちのすすむくん
重い体を何とか動かし体を起こす。
「は、はいっ」
相変わらずその表情は暗くてよくわからないけれど。さっきから妙に吃るそいつの頭をわしわしと撫でた。
「大丈夫や、誰も怒っとらん。せやけど心配かけたんはちゃんと謝るんやで?」
「あ……はい、ごめんなさい……」
漸く落ち着いてきた頭でそう声をかけ、じわじわと水嵩を増す黒い濁流を一瞥した。
「さー溢れんうちに帰ろか」
雨宿りをしていたという夕美も河川敷を上がる頃にはずぶ濡れに。
まぁそんなのは洗って乾かしたら済む話。
生きていれば多少のことは笑って済ませられるのだから。
顔にかかる雨を防ぐ為だけに傘を差し、通りを歩く。
ほっぽり出したお陰で内側まで濡れた傘は、明日からはもう使い物にはならないだろう。
でも、やっぱりそんなことはどーでもええんや。
「……有り難うございます」
雨音に消え入りそうな程小さく呟かれた声は、何故かどこか嬉しそうに聞こえる。
「……面倒見たるて言うてもーたしな」
それだけの会話を交わし、俺達は夕美の働く藤田屋へと帰り着いた。
仕事に一段落ついた女将さん達が、わらわらと夕美の元へ集まる様子に普段の関係が垣間見れる。
ここにきて漸くどれだけ心配をかけていたかに気が付いたらしい夕美は、泣きそうになっていたけれど。
そんな様子に少し和んだ俺は、話はまた今度にと、屯所に帰ろうとしたのだが。
気の良い主人に引き留められ、着る物一式貸してもらい、その上夕餉まで馳走になることになった。