【完】山崎さんちのすすむくん

笠を被ってはいるものの、横から見えたその顔は確かに見覚えがある。


加えてさっき呼ばれた『さかひさ』の名がそれに確証を持たせた。


そうか、久坂玄瑞か……!


去年起きた政変で朝廷から一掃された長州勢の中でも、最近急に『武力を以て藩の汚名を払拭する』ことを推し始めたという過激派の攘夷論者。


ちゅうことは……さっきのてかんなり危ない話ちゃうんか。


それなりに顔が割れている久坂と四条に店を構える桝屋の人間らしき男。


あえて会うのに人気の少ない此処を選んだのだろうが。


こらでかい情報聞いてしもたで……!



「……ふん、ほんま偉そなやっちゃわ」


あとに残された桝屋と呼ばれた男は先程までの愛想の良い口調から一変、そんな言葉を吐き捨てる。


「なぁ信長はん? 世の中は金子や。うちらみたいな善良な民草は上に座るんが誰であろうと構わへんねん。天下を取ったかて死んでしもたら仕舞いやろ?」


嘲笑じみた独り言を呟き、男もまた去っていく。


……どこが善良な民草やっちゅうねん。あいつ、これだけやのうて他にも色々やってそうやな。


こら暫く忙しなるわ。先ずは諸士調役全員で事の裏取りからや。


しかとその顔を記憶に刻み気配が遠ざかったのを確認して、俺は漸く長い息を吐いた。


「……すまんかったな、もうええよ……って、夕美?」
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