【完】山崎さんちのすすむくん
「別に悪いことじゃねぇ。腑抜けてもらっちゃ困るがよ、最近のお前は寧ろ良い顔するようになったと思うぜ」
……良い、顔?
どういう意味かわからず固まり続ける俺に、その人は強気の笑みを少しだけ呆れたように緩めた。
「お前は自分のことになると急に疎くなっからな。ま、ちったぁ今を生きる気になったんだろ? なら」
と、言葉を切ると笑みを消し、真剣な面持ちで俺を見据えてくる。
「……必要以上に過去を背負い続けなくても、良いんじゃねぇのか」
さっきの話の流れ。
副長が何を言いたいのかは俺にも理解出来た。
でも、体の内側を這うざらざらとした感覚がそれを受け入れまいとしていて。
思わず腿に置いていた掌を握り締めていた。
「……前は、見たいと思います。ですが……」
そーゆうんはまだ、要らんねや。
別に、無理して背負ってる訳やない。琴尾がもうおらんのもわかっとる。
ただ今はんな気ぃも起こらん、それだけやねん。
どこか居心地の悪い静寂が場に満ちる。
副長も面白半分でその事を口にした訳ではないとわかるから尚更だ。
「……私は大丈夫ですよ、今は他にやらねばならぬことがありますから。では、失礼します」
本音でもあり、言い訳でもある言葉をにこやかに溢して一礼すると、俺は副長室をあとにした。
僅かに顔をしかめ、けれど何も言わなかった副長は俺の意を汲んでくれたのだと思う。
本当に、お優しい。
その為にも俺は今やるべきことを……やる。