【完】山崎さんちのすすむくん
虫の音響く涼やかな頃も終わりを迎え。
気が付けば通りを抜ける風は一段と冷たくなり、町行く人も袷を重ねる時分だ。
そして少しばかり早い初雪がひらりと舞った十月末の某日。
局長が入隊希望の男達を引き連れ、漸く無事にこの京へと戻って来られた。
早朝、皆が起き始めるよりも少し早くに床から出るようにしている俺は、まだ誰もいない井戸で顔を洗っていた。
痛い程に冷えきった水は、頭も体もすっきりと目覚めさせてくれる。
井戸側に掛けておいた手拭いで顔を拭き、はぁと一息ついたところで漸く後ろの人物が声を掛けてきた。
「おはようございます、山崎くん、だったかな。すまないね、まだ少しうろ覚えで」
そこに立っていたのは此度の募集で江戸からやってきた伊東甲子太郎という男。
切れ長の涼やかな目許で微笑むその姿は一見虫をも殺さぬような洒落者ぶり。上背もあり、すらりと伸びたその四肢は役者と言われても納得する。
しかしながら江戸では北辰一刀流の道場主をやっていたというから驚きだ。
その門弟であった藤堂くん繋がりで上洛を決意し、数人の門弟と共にやってきた──という訳らしい。
こうしてまともに話すのは初めてになるのだが。
一体どーゆー人間なんやろか……。
そんな思いを抱えつつ、俺は微かに口角をあげた。
「おはようございます。まだ日が浅いので仕方ありませんよ、お気になさらず。お早いですね」
「いや、慣れぬ土地故まだ些か気を張っているようでつい目がね、もう年かな。山崎くんこそ若いのに早いね」
うん、中々素直なええ奴や。