【完】山崎さんちのすすむくん
屯所内のとある一室。
その前に膝をつくと俺は部屋の主へと声を掛けた。
「山南総長、山崎です」
「どうぞ」
「失礼します」
中から届いた声に促され障子を開ける。
然程広くない部屋はそこかしこに本が積み上げられ、相変わらず町の貸本屋のような有り様だ。
そしてそれらの本を読む為にか、中でも最も明るい障子の側に置かれた文机の前に、その人はいた。
すなわち、目の前に。
いつ来ても風呂屋の高座(番台)かっちゅーあれやな。どーぞー言われても入れんし。
しかしながら敷居を挟んで部屋の内と外で向き合うという端から見れば少々異様な状況もいつものこと。
「何か読みたい本でも?」
柔和に微笑むその人に俺はゆるりと笑みを返した。
「ええ、三國志演義を」
「おや珍しい、山崎くんが兵法本ですか」
「はい、局長に薦められたので一度読んでみようと思いまして」
「ああ成る程、あの人は昔から関羽好きですからね。少し待っていてください」
柔らかな所作で立ち上がった総長はスタスタと奥の本の山へと向かっていく。
微かに緩めた表情を保ったまま、俺はその後ろ姿をそっと見つめた。
……普段通り、か。